ぶんきょう演戯塾 卒業公演 『あの時、アクアリウムで』を観てきました。

まだ体がぼんやりしていますが、今日は文京シビックホールへ。

先日、偶然通った道に掲示されていたポスターの中に、専門学校時代の恩師の名前を見つけました。
恩師のオリジナル脚本での上演、かつ演出を手掛けるということで、間違いなく面白い作品になると思い、観劇を決めました。ポスターを見てみれば、存じ上げているお名前も幾つか・・・。

文京区の企画で始まったそうで、昨年6月からの約8か月のお稽古を重ねて迎えられたとのことです。舞台手話通訳までつくなんて、力が入っているな。公共事業ですし、多くの方が楽しめる作品作りは大切ですよね。

どこかの街に突然ひっそりと現れたアクアリウム。その町に暮らす市井の人々。
突然仕事帰りが遅くなった夫の素行を怪しむ妻と娘・そして姦しくてお節介な奥様達。旦那様の後をつけて行き先を辿っていく中で、それぞれの思い出が浮かんでは苦く、癒されて・・・。最後に旦那様がアクアリウムで再会した思い出と決意が、新しい人生へとつながっていく、心温まるお話でした。

何より驚いたのは、舞台通訳者の4名の皆さん。そうか、こうやって“表現”するのか・・・!
なぜ生身の人間が通訳をするのか、生身の人間だからこその通訳者の舞台上での立ち位置というか、活かし方が素晴らしかったです。手話も見せ方次第で「記号」にも「表現」にもなりえるのだな・・・よくニュースなどで見られる端に立って表現するだけなら、字幕(来日公演等でたまに見られる縦型のデジタル字幕)でいいんですよね。舞台に通訳をつけるということもそうですが、舞台の更なるコミュニケーション(舞台上と客席の)の可能性を感じられた公演でもありました。

それにお一人お一人、通訳者の方の表情が違うんですよね。
手話は同じでも、表情豊かにされる方もいれば、淡々と表現される方もいて・・・。もしかすると、言葉を持たない方が台詞がある役者より表現が豊かかつシンプルで、観ている人に自由に解釈させる猶予というか、可能性を与えてくれるのかもしれません。「無言劇」などもありますしね。いや、台詞がある以上、それは話さないといけないのですが・・・^^;

布と照明を活かしたアクアリウムの表現をはじめ、衣装や体のあり方、使い方・・・本当に勉強をさせて頂きました。出演者&関係者の皆様、約8か月のお稽古、本当にお疲れ様でした。素敵な作品をありがとうございました。

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