『三島由紀夫vs東大全共闘』を観てきました。

今日は春のような(いや、もうすぐ4月か・・・)気候でしたね。
そんな3月ラストの鑑賞はコチラ。場内は満席でした!

こちらはドキュメンタリー。1969年5月13日に東京大学駒場キャンパス900番教室で行われた討論会の様子を収めたフィルムが偶然出てきて、それを映画化したとのこと。

三島由紀夫が動き、語っているというだけで十分見応え満載なのですが、見どころ、という点でいえば、やはり芥さんの登場でしょうか。なぜ赤ちゃんを抱っこして登場?と思ったのですが、お子さんだったのですね。

途中、参加していた学生から(二人の)議論が観念的すぎるというツッコミ(クレーム?)が入るほど、学生論争云々というより、言葉とは、行為とは、といったもっと根っこの部分の議論が白熱していました。どこへ向ければいいのか分からない迸る熱量が言葉の端々から溢れかえっていて、非常に引き付けられました。芥さん以外にも学生からの質問や意見が数多く出ましたが、一つ一つ丁寧に、真摯に対応している三島由紀夫の姿がとても印象的でした。

映画を見ていて途中から感じたのは、三島由紀夫が「大人の対応」をしたからこそ、この場は成り立っていたのだということです。
全体を通して頭の切れ味を存分に駆使して、観念的な議論を丁丁発止でやり取りしていましたが、ところどころ「子ども電話相談室」のような印象を抱いたというか・・・シンプルに考えればいいものを、叩いて混ぜてこね繰り返してわざと複雑にして、相手にぶつけているだけでは?と感じる場面もありました(なぜそこの急カーブをあえてドリフト走行?みたいな・・・)。幼稚な言葉、という表現も幾度か劇中で聞こえましたが、多くの人に自分の考えていることを伝えたい、理解してほしいと思うのであれば、誰にでもわかる、平易な言葉で伝える事も大切ではないでしょうか(いや、理解してほしいなんてハナから思っていない??)

芸術系にありがちな「分かる人だけわかればいい(ついてきたい人だけついてきてください)」では、どんなに素晴らしい表現でも、その先を一緒に分かち合える機会も人も少なくなってしまい・・・いや、それさえも天才の孤独、という一言で片づけられてしまうのかもしれません。

元全共闘の皆様も何人かご出演されていましたが、お年を召されても、皆様眼光の鋭さと頭の切れ味は変わりませんね!瀬戸内寂聴さんのお話しする姿は一服の清涼剤のようでした。

作品全体として、もっとピリピリした綱引きのような緊張感に包まれているのかと思いきや、議論中、芥さんと三島由紀夫が一緒にタバコを吸っていたり、全共闘のメンバー同士(?)の言葉のやり取りを三島由紀夫が優しいまなざしで見つめていたり、当時、貴重な討論の場としてあの場所が奇跡的に存在していたことが分かるということだけでも、十二分に意味のある作品だったと思います。何より、立場は違えど、三島由紀夫もあの議論に参加していた学生達も、根っこの部分で怒りを感じている対象は同じだったのかな、と感じました。

ただ、当時の様子がリアルで分かる世代は少ないと思うので、ナレーションだけでなく、時代の解説など、どこか時間を取ってじっくりと入っていた方が分かりやすかったかなと感じました(それこそ出演者の対談などでもいいので、あれば嬉しかったかも)。

取り敢えずこれで3月のノルマは終了!4月も気づけば幾つか作品が溜まっていて・・・新型ウイルスの影響で、web上でも当日券でしか購入できない映画館が大半。長期戦になりそうだし、暫くは様子を見ながらスケジュールを消化したいと思います。

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