自分の中にある“怒り”

私事ですが、一部演技レッスンにも流用できそうですので、恥を承知で、備忘録も兼ねて。

以前、映像演技のレッスンを受けた際「『俺じゃねえよ』の5段階活用」なるものを教わりました。自宅で稽古する時にも使える方法だと思いますが・・・。

シチュエーションとしては、自分は取り調べを受けている人物。
刑事さんから「お前がやったんだろう!」という台詞を受けての「俺じゃねえよ!」というわけです。

・本当に自分が犯人ではない(冤罪)、真犯人も知らないの立場で・・・。
まずは小さくしたうちでもするかのような「俺じゃねえよ」(怒りの大きさ:小)
それよりもう少し大きく「俺じゃねえよ」(怒りの大きさ:中)
更に大きく「俺じゃねえよ!」(怒りの大きさ:大)

と、確かここまではシンプル。その次からがお芝居のレッスンらしくなり・・・
本当の犯人は自分だが、しらを切り通すために言う「俺じゃねえよ」

更に・・・
本当に自分が犯人ではない(冤罪)が、真犯人を知っている(自分のよく知っている人物。身内など)立場での
「俺じゃねえよ!」

本当はもっとバリエーションがあるのかもしれませんが、こんな感じでした。

怒りのボリュームをコントロールして表現するのはとても面白いです。特に映像では視線の振り方など、細かな部分を訓練するのにとても有効なレッスンだったと感じています。映像演技のレッスンでは必ずビデオで記録を残していると思いますので、自宅での自主稽古に飽きてきた人は試してみてください。

この「怒り」の演技、私自身はそれほど苦手意識がないのですが、苦手な人は本当に苦手だと言いますよね。人前で「怒り」という感情を見せることに抵抗があるという人もいます。「人前で泣けない」と似たような感じかも知れませんね。特に「泣く」演技は女性の方が圧倒的に習得が早いと聞きました。

自分の中にある「感情の壺」には色々な感情にまつわる記憶の引き出しがあるかと思いますが、私は幼少期からずっと何かしらに「怒り」を抱えたまま過ごしているなと、改めて、ここ数日思うことがあります。

恐らく、付き合いが長い人と私の設計図を見ることができる人はわかるかと思いますが^^;気が短くて好き嫌いも激しくてこだわりも強い。子どもの頃はどうしても大人に守られないと生きていけませんから、そこで抱えた様々な気持ちが「怒り」として自分の体を攻撃して、歯がボロボロになったり、自律神経失調症という死なない程度に分かりやすい症状として体を通して怒りを表現していたのかもしれません。

便利な時代になり、歯医者さんのブログなどでお子さんの歯科治療について書かれた記事などを拝見して「自分だけじゃない、同じことを考えてくれていた歯医者さんがこの世の中にいたんだ」と分かるだけでホッとした記憶があります。幼少期に出逢えていればよかったのかもしれませんが・・・^^;

今月は少し時間の余裕があるので、怒りについての本でも読みこもうかな。客観的に書かれた感情エクササイズ系の本って、脚本の解釈をするときに役立つんですよね。もちろん、素敵な文学作品をたくさん読むことも肥やしになりますが・・・。

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