『ジョジョ・ラビット』を観てきました。

予告版でボケ要素満載だったので、もっと笑える話なのかと思いきや。何とも言えないエモさが残る感じでした。反戦映画とも違う、ブラックコメディともまた違い・・・。ラストはほのかに温まるような印象なので、お友達同士で見ても、カップルやご夫婦で見ても楽しめる作品だと思います。

上っ面のナチズムに興じている戦争ごっこが大好きな少年が、終戦間際の時代を子どもながらにたくましく生き抜いていく様が笑いや涙を誘います。

出演者の中でも、ジョジョの友達のヨーギー役の役者さん、作品を通して終始とても良かったです。あんな感じの役者さん、あの作品には絶対に必要だ・・・!ジョジョとは永遠にお友達でいて欲しい。アドルフは自殺後に出てくるとき、こめかみにちゃんと銃弾が貫通した後がメイクされていて笑ってしまいました。(彼はジョジョの心の中の友達という事でいいんですよね?)

黒服の一団が突如ジョジョの家に「家宅捜索」に訪れて挨拶をするシーンは思わず笑いが漏れる。こういう所がドイツと日本が似ていると感じさせる部分なのだろうな。お姉さんが機転を利かせた場面は見ていてスリリングだったし、(今思えば、ユダヤ人捜索ではなくて、捕まえたお母さんの証拠書類を探しに来たんですよね。あの黒服の人たちは・・・)ジョジョが自分のしてしまったことへの非力さというか、罪悪感というか、そういう子どもらしい気づきの表現がとても好きでした。

後半、アメリカ・ソ連に囲まれたドイツの街中で戦う場面では、ジョジョに「理想(新しい?でしたっけ)の制服」を描いてみせた上官たちが、その描いたマントなどを実際にまとって戦っていたり・・・誰がどう見ても敗戦濃厚(この場面の直前でヒトラーは自殺したことが分かっています)、しかも「お友達」は日本だけ。こうでもしないと、やっていられなかったのでしょうね。

劇中、恐らく反ナチス(反戦派?)の立場をとっていたために殺された街の人たちの遺体が街中に吊るされているシーンがあるのですが、一目で「死」と理解させる技術と、その遺体が並んでいる様子が、突き抜けるような青空にはためいている旗のようにも見えて、映像美としての「死」が同居していたのがとても印象に残っています。日本だと「さらし首」か・・・それを考えたら、裏切り者への残忍さというか見せしめは、日本人の方が強烈なのかもしれない。ジョジョの母親も最期はあの場所で吊るされてしまうのですが、母親の履いていた靴で子どもが一瞬で理解する(お客さんに理解させる)ところも、上手な見せ方だなと思いました。

舞台だと「死」や「性的」な表現はタブーだったりするところも多く、そういった場合は大概歌やダンスでお茶を濁していたりするのですが・・・舞台上で「死」を表現すると、どうしても胡散臭いというか、嘘臭さが出るというか、下手をすると中途半端なギャグになる・・・。だってお芝居は明日も上演するわけだし、見る側は「嘘」だと分かってみているわけですが、舞台だと映像と違って遮るものがないので、嘘とリアルの間の距離感が難しいというか。いや、お芝居というものがそもそも嘘くさいものを成立させるということであって・・・話が袋小路に入ってきたので、辞めることにします^^;

「犬神家の一族」もそうですが、映像でやるから美しさが引き立つ演出って、ありますよね。
逆に舞台だからこそインパクトを残せるやり方もあると思いますが・・・。大分前に拝見したスタジオライフの「ドラキュラ」だったと思いますが、劇中で人が宙づりになってぶら下がってくるシーンがあったんですよね。客席も思わず「ひいっ(白目)!」という感じでしたが、あの演出は未だに印象に残っています。

ジョジョラビット、何だか上手い具合に感想がまとまりません。隣席が終始独り言が多い人であまり集中して見られなかったという所もありますが・・・こればかりは運頼みなので仕方がない^^;!誰が見ても心が温まるというか、ほっとできるラストなのが救いです。

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