幻想の「デキる私」を捨てる。

いつも楽しみにしている本田健さんのラジオ「Dear KEN」とても興味深い放送だったので、こちらに残したいと思います。

相談者の方は子育て中の女性。やりたいことがたくさんあり、勉強している分野もあるけれど、時間が限られていることもあり、なかなか思うようにいっていない、というような内容でした。

そんな健さんからのアドバイスが。

「自分ができる」という勘違いを手放す。
「本当だったらできるはず」という幻想がある。

ということでした。これは夢に向かって頑張っている、努力している(し続けてきた)という人たちにはグサリとくる言葉だと思います。ですが、これこそ「グラウディング(地に足をつける)」に必要な行動の一つだとも思います。

以下、健さんからのアドバイスをざっくりとですがまとめてみました。あくまで当方用の備忘録ですが、どなたかのお役に立てば幸いです。

スーパーウーマンな私は世界にいない、という事実を手放す。
→いるのは「平凡な私」だけ。まずそこをそしてそこから「どうなりたいか」を考える。

今は焦って靴紐がほどけた状態のまま「走らなきゃ」となっている状態。一度ここで、靴紐を結び直す。まず一回深呼吸をして、一個ずつ、一個ずつ積み重ねる。

自分の幻想の中にある「すごい自分」と今の自分を比較してしまうと、セルフイメージが下がる一方になってしまう。自分の幸せのためにそれを止められるかどうか。自分の幸せのためにスーパーウーマンを手放せるか。そこから1つずつやっていけばいい。

今の自分が何も成長していないように感じるのは「感情」
「もっとできるはず、もっとできたはず」と思っているけれど、子育て(相談者はお母さま)でエネルギーの9割は取られてしまう。今はそれで良しとする。ちょっとでも出来たらラッキー、自分の満点を1000点満点から10点満点に変える。

そうしたら、どれくらい点数が取れている気がする?そうすると、思っているよりはできていることに気づく。
スーパーウーマンよりはできない。でもできている。「私ってすごいかも」とつぶやいてみる。やれているという気持ちになる。

今は自己評価が9点になっているが(10点満点中)それは切り捨てで実は0点になっている。
形になっていない、お金になっていない、仕事になっていないから。

でも、いずれそれが仕事になったりお金になったりするときに、今までの勉強は絶対に生きている。役に立っている。今までやってきたことは0点ではないということも考える。

変なところで自分に甘くて、変なところで自分に厳しい。

有能な人ほどバーを高くする。そこはやっちゃいけない。できているところをカウントしてほしい。
同時にできていないこともあるはず。具体的に何ができていないのか、プランがない。それは確実に作る。そうするとプランに向かって一歩ずつ進んでいるという感覚が体に入る。カリキュラムがないから何もできていない感覚になるだけ。

例えばカリキュラムを作って、3個やることがあるけれど、今日は2個できた、1個できた。着実に目標に向かっているという感覚を味わってください。「結構イケている」という感覚をもつこと。

・・・いかがでしょうか。私にはグサグサと刺さり、もうロンギヌスの槍に貫かれた肉塊のようになりました。
もう何年も同じ場所をぐるぐると回遊しているので、そろそろカリキュラムを作り直し、一度立ち止まって靴紐を結び直す時期なのかもしれません。いや、靴そのものを買い替えるタイミングなのかもね^^;

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